第3章: 電子のスイッチをつくる — トランジスタと MOSFET
前章で「電気の一方通行の門」── ダイオード ── が作れた。
でも門だけでは、コンピュータは作れない。
私たちが欲しいのは、もう一段先のもの ── 外から信号を送るだけで、電気を ON にしたり OFF にしたりできるスイッチ。
スイッチがあれば、それを組み合わせて計算ができる。何億個も並べれば、コンピュータになる。
そのスイッチの名前は、トランジスタ。
そして現代のトランジスタは、ほぼすべて MOSFET という形をしている。
3.1 「遠隔操作できる電気のスイッチ」がほしい
家のスイッチを想像してほしい。 壁の小さなボタンを押すと、天井の照明がついたり消えたりする。 ボタンの中で流れる電気は数十ミリアンペア、照明に流れる電気は数アンペア。小さな入力で、大きな電気を制御している。
半導体でこれと同じことをしたい。 ただし、人間の指の代わりに 電気信号 で操作する。物理的な可動部品はなしで、入力にちょっと電圧をかけたら出力に電気が流れる ── そんな部品が欲しい。
これが トランジスタ (transistor) が解こうとした問題だ。
- ダイオード = 自動的に一方通行(外からは制御できない)
- トランジスタ = 外から電気信号で ON/OFF を切替えられる
「外から制御できる」── これがすべてを変えた。
3.2 MOSFET ── 現代のトランジスタの主役
トランジスタにはいくつか種類があるが、現代のあらゆるデジタル半導体に入っている主役 は MOSFET だ。 スマホの CPU の中にも、AI GPU の中にも、メモリの中にも、何百億個と並んでいる。
MOSFET の正式名称は Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor。 日本語にすると「金属-酸化膜-半導体 電界効果トランジスタ」。 名前は長いが、構造は驚くほどシンプルだ。
部品の正体は 3 つの端子 だ:
| 端子 | 役目 |
|---|---|
| ソース (Source) | 電子の出口 |
| ドレイン (Drain) | 電子の入口 |
| ゲート (Gate) | 上から制御する電極 |
そしてこの中で重要なのが、ゲートと半導体の間に挟まっている薄い 酸化膜。 第1章で「シリコンを酸素で焼くと自然に絶縁膜ができる」と書いた、あの SiO₂ の層だ。 ゲートと半導体は、この絶縁膜のおかげで 電気的につながっていない ── これが MOSFET の魔法の鍵になる。
3.3 水門のメタファーで動作を理解する
MOSFET の動きを、水のメタファーで言い直そう。
- ソース = 上流のダム(電子がたっぷり溜まっている)
- ドレイン = 下流の田畑(電子を流したい先)
- ゲート = 水門(上下に動かして開け閉めする)
- 真下のシリコン = ふだんは砂で埋まっている通路
ふだん、ソースとドレインの間は閉ざされていて、電子は流れない (= OFF)。 ところが、ゲートの電極にプラスの電圧をかけると ──酸化膜越しに、真下のシリコン表面に 電子が引き寄せられて集まる。 集まった電子が、ソースとドレインをつなぐ「細い通り道」を作る。これを チャネル (channel) と呼ぶ。 チャネルができた瞬間、ソースからドレインへ電子が一気に流れる (= ON)。
ゲートの電圧を切れば、引き寄せられていた電子は散らばり、チャネルは消える。再び OFF。
MOSFET は「ゲート電圧で道を作ったり消したりするスイッチ」 である。
- ゲート OFF → 道がない → 電流が流れない
- ゲート ON → 道ができる → 電流が流れる
しかも、ゲート自身には電気が流れない(酸化膜で絶縁されているから)。 電圧だけが効く。だから、スイッチを保持するのにエネルギーをほとんど使わない。
これが家のスイッチとの決定的な違いだ。 家のスイッチは、押している間ずっと指の力で接点を押さえている。MOSFET は、ゲートに電圧をかけているだけで自動的に道ができる。
3.4 n チャネルと p チャネル ── 二つでひと組
ここまで説明したのは、ソースとドレインに n 型(電子が余っている側)、基板に p 型(電子が足りない側)を使った MOSFET。 これを n チャネル MOSFET (nMOS) と呼ぶ。電子が動いて電流を運ぶタイプだ。
反対のパターンも作れる。 ソースとドレインを p 型、基板を n 型 にしたものを p チャネル MOSFET (pMOS) と呼ぶ。こちらは穴(ホール)が動いて電流を運ぶ。
| 種類 | 何が動くか | ゲートに何をかけたら ON か |
|---|---|---|
| nMOS | 電子 | プラスの電圧 |
| pMOS | 穴 | マイナスの電圧 |
なぜわざわざ 2 種類あるのか?答えは次章だ。 この 2 つをペアで使う発想 (CMOS) が、現代の半導体を支える低消費電力の秘密になる。 ここでは「nMOS と pMOS という双子がいる」とだけ覚えておけばよい。
3.5 トランジスタ誕生の物語(脇道)
ここまで MOSFET の動きを見てきたが、歴史的にはトランジスタは MOSFET から始まったわけではない。 脇道として、簡単に物語をなぞる。
1947 年 12 月、ベル研究所(米国 AT&T の研究部門)の 3 人 ── ショックレー、バーディーン、ブラッテン ── が、ゲルマニウムの結晶に金線の先を押し当てた装置で 電流を増幅できる ことを示した。
これが世界初のトランジスタ ── 通称 点接触型トランジスタ。 3 人は 1956 年にノーベル物理学賞を受賞した。
その後、技術は二つの方向に分岐する:
- バイポーラトランジスタ (BJT) ── 1950〜70 年代のラジオ・テレビ・初期コンピュータで主役
- MOSFET ── 1970 年代以降に量産化され、現代まで主役
両者の最大の違いは:
- BJT は 電流で 出力を制御する → 入力にも電気を流し続ける → 消費電力が大きい
- MOSFET は 電圧で 出力を制御する → 入力には電気が流れない → 待機時はほぼ電気を食わない
スマホやノート PC のようなバッテリー駆動の機器が当たり前になった時代、MOSFET の 待機時省電力 が決定的な強みになった。 それ以来、ロジック半導体・メモリ半導体の中身は、ほぼすべて MOSFET で埋め尽くされている。
ショックレーは後にベル研を辞めてカリフォルニアで ショックレー半導体研究所 を作った。
そこから飛び出した 「裏切り者の 8 人 (Traitorous Eight)」 が フェアチャイルドセミコンダクター を作り、
さらにそこから インテル、AMD が枝分かれする。
シリコンバレーという地名は、ここから始まった。
3.6 1 個の MOSFET はどれくらい小さいか
ニュースで「2nm プロセス」「3nm プロセス」と聞く。 ここで言う「nm」は、MOSFET の特定の寸法(昔はゲート長、いまは世代名)を指す。
最新世代の MOSFET 1 個は、おおむね原子十数〜数十個ぶんの構造でできている。 イメージとして覚えておくと良い数字:
- DNA の幅 ≒ 2 nm
- シリコン原子の直径 ≒ 0.2 nm
- 可視光の波長 ≒ 400-700 nm
つまり、現代の MOSFET は 可視光の波長より遥かに小さい構造 を、原子十数個分の厚みで作っている。 (「nm」表記の正確な意味は第 11 章で詳述する。実は名前と実寸はずれている)
3.7 1 個では何もできない、しかし …
正直に言うと、1 個の MOSFET は ただのスイッチ に過ぎない。 家のスイッチが 1 個あっても部屋しか照らせないのと同じだ。
ところがこれを 何億個も並べて配線する と、突然「計算する機械」になる。 それが次章の主題、集積回路 (IC) だ。
スマホの SoC には、約 200 億〜500 億個の MOSFET が入っている。 あなたが朝起きてスマホでニュースを見るとき、そのチップの中では数百億個の MOSFET が、毎秒数十億回ずつ ON/OFF を繰り返している。
3.8 この章の振り返り
- ダイオードに続いて欲しいのは「外から ON/OFF できるスイッチ」── これが トランジスタ
- 現代の主役は MOSFET。ソース・ドレイン・ゲートの 3 端子で、ゲート電圧でチャネル(電子の道)を作ったり消したりする
- ゲートは酸化膜で絶縁されているため、待機時はほとんど電気を食わない
- nMOS と pMOS という双子がいる ── 次章でペアで使う
- 1 個では何もできないが、何億個も並べる と計算機になる(次章)
この章で読めるようになるニュース
- 「FinFET から GAA トランジスタ への移行が…」 → MOSFET のゲートの形が変わる話、と分かる(具体的な進化は第 16 章)
- 「スマホ SoC のトランジスタ密度 が前世代比で…」 → 1 mm² あたり何個 MOSFET を詰められたかの競争、と読める
- 「Apple A シリーズ、200 億トランジスタ超」 → 1 個のチップに MOSFET が 200 億個並んでいる、と即イメージできる
次章では、MOSFET を何十億個も並べる発想 ── 集積回路(IC) と、双子を組み合わせる発明 CMOS に進む。