第5章: 半導体の分類地図 — ロジック・メモリ・アナログ・パワー
ここまでで「半導体とは何か」「ダイオードもトランジスタも CMOS も結局は電子を操る素材だ」── 仕組みの足場は出来た。
ここから一気にカメラを引く。
ニュースに「半導体」と出るとき、それが指しているものは時と場合で まったく違う:
- NVIDIA の GPU も半導体、サムスンの DRAM も半導体
- ソニーの イメージセンサー も、ルネサスの 車載パワー半導体 も半導体
- スマホの中の SoC も、5G モデムの RF チップ も半導体
種類があまりに多くて読者は迷う。
だから本章では、1 枚の地図 を描く。これさえ頭にあれば、半導体ニュースは怖くなくなる。
5.1 まず実例 ── iPhone を分解すると何が入っているか
抽象的な分類に入る前に、身近なスマホの中身 を覗いてみよう。 iPhone 1 台を分解すると、中には半導体チップが 20〜30 種類、合計 数百個 入っている。
主なものを並べると、こうなる:
| 中身 | カテゴリ | 仕事 |
|---|---|---|
| Apple A シリーズ SoC | ロジック | 計算の心臓 |
| LPDDR5 メモリ | メモリ (DRAM) | 作業用メモ |
| NAND フラッシュ | メモリ (NAND) | 写真・アプリの保存 |
| Qualcomm 5G モデム | ロジック (RF系) | 4G/5G 通信 |
| ソニー製イメージセンサー | センサー | カメラの目 |
| 電源管理 IC (PMIC) | アナログ | 電池の電気を各部に分配 |
| パワー MOSFET | パワー | 充電、急速充電制御 |
| 各種 MEMS(加速度・ジャイロ・マイク) | センサー | 傾き検知、Face ID 補助 |
| Wi-Fi/Bluetooth チップ | ロジック (RF系) | 無線通信 |
| オーディオ IC、Touch IC… | アナログ | 音、画面タッチ |
つまり、たった 1 台のスマホの中に「ロジック・メモリ・アナログ・パワー・センサー」── 5 種類の半導体大陸の住人が同居している。
これがニュースで「半導体不足」「半導体好調」と聞いたとき、何が起きているかを その都度判定する ための足場になる。
半導体は 「電子の流れを操る」 という共通の土台の上で、目的ごとに専門化が進んだ 産業。
- 計算する → ロジック半導体
- 覚えておく → メモリ半導体
- 連続信号を扱う → アナログ半導体
- 大電力を切替える → パワー半導体
- 光・電波・物理量を電気に → センサー・通信半導体
種類が多いのではなく、多くなるべくしてなった。
5.2 4 つの大陸を 1 枚で描く
ここで、ニュースを読む目的にとって過不足ない地図を提示する。 半導体の世界は、おおむね 4 つの大陸 + 第 5 の島々 に分けると整理しやすい。
各大陸は、得意な仕事 だけでなく、使う製造プロセス世代 も 主役プレイヤー も違う。 ここから 4 章を使って、ひとつずつ訪ねていく。
5.3 第 5 の島々 ── センサー・通信・ディスプレイ
4 大陸の他にも、ニュースで存在感が大きい島々がある。 これらは技術的にはアナログ半導体の延長線にあるが、扱う対象が独特なので別立てにしておく。
| 島 | 代表 | 主役 |
|---|---|---|
| イメージセンサー (CIS) | スマホ・車載カメラ | ソニー(世界 1 位) |
| RF 半導体 | 5G モデム、Wi-Fi、Bluetooth | Qualcomm、Skyworks、Qorvo |
| ディスプレイドライバ (DDI) | 液晶・OLED 駆動 | Samsung、Novatek |
| MEMS | 加速度・ジャイロ・マイク | Bosch、STMicro |
これらは第 9 章でまとめて扱う。
5.4 デジタルとアナログ ── もう一つの大きな分け方
4 大陸を別の切り口でも見ておこう。 デジタル半導体 と アナログ半導体 に分ける軸だ。
| デジタル | アナログ | |
|---|---|---|
| 扱う信号 | 0 と 1 (離散) | 連続値(電圧そのもの) |
| 主な大陸 | ロジック、メモリ | アナログ、パワー、センサー |
| 微細化との関係 | 微細化で性能が上がる | 必ずしも微細化で良くなるわけではない |
| 主戦場 | 規模との戦い | 物理との戦い |
ここが大事なポイント: ニュースで「最先端プロセス」「2nm 量産」と聞くのは、ほぼ デジタル半導体 の話。 アナログ・パワー半導体は、無理に微細化すると逆に性能が落ちる(ノイズや耐圧の問題で)。 だから、180nm〜45nm くらいの成熟プロセス が現役で使われ続けている。
「半導体の遅れ」を語るとき、どちらの話かを区別する必要がある。
- 最先端プロセスでは → 台湾 TSMC、韓国 Samsung が独走
- アナログ・パワーでは → 欧州(Infineon、ST)、日本(Renesas、Rohm、Mitsubishi)が依然強い
このマップ感覚は、本書を通じて何度も効いてくる。
5.5 用途別の切り口 ── マーケット側の見方
技術カテゴリとは別に、用途で分ける という切り口もある。マーケット側の人がよく使う:
| 用途別カテゴリ | 含まれるもの |
|---|---|
| スマホ向け | アプリ SoC、モデム、メモリ、CIS、PMIC |
| データセンター向け | サーバ CPU、AI GPU、HBM、ネットワーク、SSD |
| 車載向け | MCU、車載 SoC、パワー半導体、CIS、レーダー |
| 産業用 | パワー半導体、MCU、FPGA、各種センサー |
| 家電・民生 | MCU、メモリ、ディスプレイドライバ |
例:現代の EV 1 台 には、1,500 個以上 の半導体が積まれている。種類はロジック、メモリ、アナログ、パワー、センサー ── つまり 4 大陸 + 第 5 の島々の住人が全部 寄せ集まる。
クルマは「動くスマホ + 工場」のような存在になりつつある。
5.6 半導体マーケットの規模感
最後に、頭の片隅に置いておく数字を一つ。 世界の半導体市場は、2024 年で 約 5,000〜6,000 億ドル / 年。
ざっくりの売上比率(年や景気で変動する):
| 大陸 | 売上シェアの目安 |
|---|---|
| ロジック半導体(MCU 含む) | 約 40% |
| メモリ半導体 | 約 25%(DRAM/NAND の好不況で大きく振れる) |
| アナログ半導体 | 約 13% |
| パワー / ディスクリート | 約 10% |
| センサー / その他 | 約 12% |
注意点:メモリは価格変動が激しい。DRAM/NAND は典型的なコモディティなので、好況と不況で売上が 2 倍違う こともある。 ニュースで「半導体好調 / 不調」と聞いたら、まずメモリ景気の話か、AI 半導体の話か、を切り分けると見通しが良い。
5.7 これからの章マップ
ここまでで地図が頭に描けたはず。 次章から 4 章をかけて、各大陸を旅していく。
- 第 6 章 ロジック半導体 ── CPU、GPU、SoC、AIアクセラレータ。NVIDIA や Apple Silicon の話
- 第 7 章 メモリ半導体 ── DRAM、NAND、そして AI 時代の主役 HBM
- 第 8 章 アナログ・パワー半導体 ── 縁の下の主役、SiC/GaN
- 第 9 章 センサー・通信 ── イメージセンサー、RF、MEMS
ここから 4 章は、章ごとに別の世界を覗くような構成になる。
順に読んでもいいし、気になる大陸から先に行ってもいい。
迷ったらまた図 5.1 に戻って、自分が今どこにいるかを確認すればよい。
5.8 この章の振り返り
- 半導体は大きく 4 つの大陸 に分かれる:ロジック・メモリ・アナログ・パワー
- センサー・RF・ディスプレイドライバなどは 第 5 の島々 として独立
- それぞれ 得意な仕事・使うプロセス・主役プレイヤー が違う
- 別軸として デジタル / アナログ の区別が重要 ── 微細化との関係が違う
- 用途別では スマホ・データセンター・車載・産業・家電 に分かれる
- 半導体市場は年間 約 5,000〜6,000 億ドル、4 大陸でほぼ全体を構成
この章で読めるようになるニュース
- 「メモリ価格が回復、半導体大手の業績が改善」 → メモリは値動きが激しい大陸、と認識できる
- 「アナログ半導体大手 TI、車載向け好調」 → 4 大陸のうちアナログの話、最先端微細化とは別軸、と分かる
- 「汎用 MCU 在庫が積み上がり、車載半導体メーカーが減産」 → MCU はロジック寄りのマイコン、用途は車載・産業・家電、と読める
次章では、1 つ目の大陸 ── ロジック半導体 に踏み込む。 NVIDIA、Apple Silicon、x86 vs Arm、AI アクセラレータの世界へ。