Chapter 4

第4章: 集積回路という発想 — チップの中で何が起きているか

1958年7月、テキサス・インスツルメンツ。 夏休みで人がいない研究室にひとり残された、入社まもないジャック・キルビー。
ゲルマニウム片の上に、トランジスタ・抵抗・コンデンサを 直接刻み込んだ 小さな板を作る。

彼はラボノートにこう書いた。
「すべての部品をひとつの素材で作れるなら、配線も同じ素材でできるだろう」

これが Integrated Circuit ── IC、集積回路の誕生である。
60 年後、この発想は人類の作るあらゆる機械の中で動き続けている。

4.1 トランジスタを並べるだけでは足りない

前章までで、1 個のトランジスタはスイッチとして使えると分かった。 だが、コンピュータを作るには 数万〜数百億個のトランジスタが必要だ。

1950 年代まで、半導体素子は 1 個ずつ別々のパッケージ に入れて、それを基板の上で銅線で配線していた。 ところがトランジスタの数が増えると、配線が爆発する。

仮に 1 万個のトランジスタを基板に並べることを考えてほしい。
それぞれ 3 本の端子。配線の本数は 1 万 × 3 = 3 万本。 これを全部手で半田付けする世界。
そして 1 本でも繋ぎ間違えれば、全体が動かない。

これが当時の課題で、「トランジスタの数が増えるほど、組み立てが不可能になる」── 回路の暴政 (tyranny of numbers) と呼ばれた。

4.2 キルビーとノイス — 集積回路の二人の父

キルビー(Texas Instruments)の発明と独立に、半年ほど遅れて、フェアチャイルドの ロバート・ノイス がもう一つの解を見つける。

発明者所属時期方式
ジャック・キルビーテキサス・インスツルメンツ1958年ゲルマニウム上、配線は金線
ロバート・ノイスフェアチャイルドセミコンダクター1959年シリコン上、配線は アルミの薄膜

決定的だったのはノイス側だった。 シリコン酸化膜の上に金属配線をパターン形成する ── これが現代の集積回路 (IC) のスタイルになる。

キルビーは 2000 年にノーベル物理学賞を受賞(ノイスは 1990 年に逝去のため対象外)。 当時の発表に「ジャック・キルビーとロバート・ノイスにより集積回路が発明された」と明記されたのが、業界内では美しい配慮として記憶されている。

ノイスは後にゴードン・ムーアらとともに インテル を起こす。
ショックレー → フェアチャイルド → インテル/AMD という系図と合わせ、半導体産業の主要企業の創業者は、ほぼ全員 同じ一人の人物(ショックレー)の元部下 に辿れる。

4.3 ムーアの法則 — 18ヶ月で2倍という約束

1965 年、インテルの共同創業者 ゴードン・ムーア がエレクトロニクス誌に短いコラムを書いた。

「1 枚のチップに集積できるトランジスタの数は、毎年 2 倍のペースで増えていくだろう」

これが後に ムーアの法則 (Moore’s Law) と呼ばれる予測になる(1975 年に「2 年で 2 倍」に修正された)。

驚くべきは、この 法則というよりは目標 が、その後 60 年間にわたってだいたい守られてきた ことだ。

代表的チップトランジスタ数
1971Intel 40042,300
1989Intel 80486約 120 万
2000Pentium 4約 4,200 万
2010Core i7約 11 億
2024Apple M4約 280 億
2024NVIDIA B200 (Blackwell)約 2,080 億(2 ダイ合計)

50 年で 1 億倍。これは人類史上、ほぼ唯一の指数関数的進歩である。

現代におけるムーアの法則

2010 年代以降、純粋なトランジスタ密度の進化は鈍ってきた。 そこで現代は「微細化(前工程)+ チップレット・パッケージング(後工程)」を組み合わせて、実効的な性能 をムーアの法則の延長線上に保っている。第 12 章で詳述。

4.4 論理ゲートとは何か — AND, OR, NOT

集積回路の中身を見ていこう。 何百億個もの MOSFET は、どう組み合わさってコンピュータになるのか。

最も基本的な単位は 論理ゲート (logic gate) だ。

ゲート動作
NOT入力を反転(0→1、1→0)スイッチをひっくり返す
AND両方 1 なら 1、それ以外 0「両方の条件が真」
ORどちらか 1 なら 1「どちらかの条件が真」
NANDAND の出力を反転これだけで全論理が作れる
NOROR の出力を反転これだけで全論理が作れる

驚くべきことに、NAND または NOR ひとつ だけで、AND も OR も NOT も、ひいてはコンピュータ全体も作れる。 これは数学的に証明されており、機能完備性 (functional completeness) と呼ばれる。

コンピュータの中で起きていることは、本質的には NAND ゲートの巨大な組み合わせ に過ぎない。 そして 1 個の NAND ゲートは、わずか 4 個の MOSFET で作れる。

4.5 CMOS — n型とp型をペアにする発明

ここからが本章のクライマックスだ。 論理ゲートを MOSFET で作る方法はいくつかあるが、勝者は決まっている。CMOS (Complementary MOS) だ。

CMOS は n チャネルと p チャネルの MOSFET をペアで使う 回路スタイル。 最も簡単な例 ── NOT ゲート(インバータ)を見てみよう。

入力 IN = 0 (Low)pMOS: ONnMOS: OFFVDD (1)GND (0)→ OUT = 1入力 IN = 1 (High)pMOS: OFFnMOS: ONVDD (1)GND (0)→ OUT = 0どちらの状態でも、pMOS と nMOS は「片方だけ ON」── 電源から GND への定常電流は流れない
図 4.1 — CMOS インバータ(NOT ゲート)。pMOS と nMOS がペアで動き、入力を反転する。

電源 (VDD) と接地 (GND) の間に、pMOS と nMOS を縦に並べる。両方のゲートに同じ入力 IN を入れる。

入力が反転されて出力に出る ── これが NOT ゲートだ。

4.6 なぜCMOSは「待機中はほぼ電気を食わない」のか

CMOS の真の偉大さは、消費電力の小ささ にある。

上の図をもう一度見てほしい。どの状態でも、pMOS と nMOS のどちらか一方は必ず OFF になっている。 ということは、電源 VDD から GND まで電流が流れる経路が常に切れている

CMOS は静止状態でほとんど電気を消費しない
電気を食うのは、入力が切り替わる瞬間だけ(負荷容量の充放電)。

これが「スイッチを高速で何億回も叩いても、待機中は超省電力」というスマホ時代の前提条件である。

ちなみに CMOS という呼び名の C は Complementary(相補的な) の C。「nMOS と pMOS が互いに補い合う」という意味。

4.7 CMOS 以前 ── 短い回り道

CMOS が標準になる前は、nMOS 単体回路PMOS 単体回路 が主流だった。これらは構造が簡単で作りやすいが、待機中も電流が流れ続けて熱くなる弱点があった。 1980 年代後半、製造技術が成熟して n と p の両方を 1 チップに作れるようになると、CMOS が一気に主流を奪った

それ以降、世界の ほぼすべてのデジタル集積回路は CMOS で作られている。 インテル CPU も、Apple Silicon も、NVIDIA GPU も、すべて CMOS の延長線上にある。

1980 年代の業界では「CMOS は遅くて使えない」という声が長く根強かった。 だが消費電力という”バッテリー縛り”が出てきたとき、CMOS は完璧な答えになった。
何を最適化するかが時代とともに変わる ── 半導体の歴史にはこの教訓が何度も出てくる。

4.8 1 個のチップに数百億個 ── 想像できない規模

最後に、現代のチップの規模感を確認しておこう。

Apple M4 (2024): 約 280 億トランジスタ / 約 165 mm²

1 mm² あたり 1.7 億個。 切手 1 枚 (約 500 mm²) のサイズに、トランジスタが 1,400 億個 並んでいる計算になる。

地球の人口の 17 倍 のスイッチが、あなたの MacBook の中で、秒間数十億回 ON/OFF を繰り返している。

人類が作ったもののうち、1 個のオブジェクトに最も多くの構造が詰まっている のはおそらく最先端の半導体チップだ。 万里の長城の煉瓦数 (約 4 億個) や、書籍中の総文字数 (人類最大の図書館で 1 兆文字程度) すら、足元にも及ばない。

4.9 この章の振り返り

この章で読めるようになるニュース

ここまでで 仕組み編 は終わりだ。 ここから先、第 5 章では一気にカメラを引いて、「半導体製品の地図」を描く。 ニュースで聞く半導体ワードを、初めて一枚の地図の上に置くことになる。