第14章: 装置と材料 — 日本企業の本当の強み
「日本の半導体は弱くなった」── ニュースでも常識のように語られる。
だがそれは チップそのものの製造の話だ。
ところが「チップを作る装置」と「チップの原料となる材料」の世界では、
日本企業がいまも数十%のシェア を握り続けている。
ここが現代日本の半導体産業の本丸である。
TSMC が世界一の工場でも、その装置の半分は日本製、材料の半分も日本製。
14.1 製造装置という巨大な産業
半導体製造装置の世界市場は、2024 年で 約 1,000 億ドル超(前工程・後工程合計)。 これは半導体本体市場の約 1/5 にあたる。
主要装置メーカー(2024 年売上規模、前工程装置):
| 会社 | 本社 | 売上 | 主な装置 |
|---|---|---|---|
| ASML | 蘭 | 約 280 億ドル | 露光装置 (EUV + DUV) |
| Applied Materials (AMAT) | 米 | 約 270 億ドル | 成膜、エッチング、CMP、検査 |
| Lam Research | 米 | 約 150 億ドル | エッチング、成膜 |
| Tokyo Electron (TEL) | 日 | 約 130 億ドル | 成膜、エッチング、コータ・デベロッパー |
| KLA Corporation | 米 | 約 100 億ドル | 計測・検査 |
| SCREEN Holdings | 日 | 約 30 億ドル | 洗浄、コータ・デベロッパー |
| Advantest | 日 | 約 40 億ドル | 後工程テスタ |
合計シェアを見ると、米 + 蘭 + 日 の 3 ヶ国がほぼ独占。中国・韓国・欧州の他国は装置市場では存在感が薄い。
半導体装置市場は 「米・蘭・日」の寡占。
- 露光:ASML が独占
- 成膜・エッチング:AMAT、Lam、TEL が三大寡占
- 検査・計測:KLA が独占
- 後工程テスタ:Advantest と Teradyne が二大寡占
これらの装置メーカーが、半導体産業の本当の心臓部を握っている。
14.2 露光装置 — ASMLの独占
第 11 章で詳しく扱ったが、もう一度位置づけを整理。
- ASML: EUV を独占、ArF 液浸でも約 90% シェア
- ニコン: ArF / KrF / i 線、最先端からは撤退
- キヤノン: i 線、ナノインプリント
最先端ロジック半導体の進歩は、実質的に ASML の出荷ペースで決まる。 だから米中対立で米国が ASML に対中輸出規制を要求できる構造になっている。
14.3 エッチング・成膜装置 — 東京エレクトロン、アプライド、ラムリサーチ
エッチング (削る) と 成膜 (積む) の装置市場は、3 社の寡占:
| 会社 | エッチング | 成膜 |
|---|---|---|
| Applied Materials (AMAT) | ◎ | ◎ |
| Lam Research | ◎(特に導体) | ◯ |
| 東京エレクトロン (TEL) | ◯ | ◎ |
特に TEL は、コータ・デベロッパー (フォトレジスト塗布・現像装置) で世界シェア 90% という独占を持っている。 EUV 露光装置 (ASML) の前後で必ず使われる装置で、ASML と二人三脚の関係。
TEL の本社は東京・赤坂。創業 1963 年。 「TEL がなければ ASML の EUV も動かない」 ── 業界ではそう言われる存在。
ASML の EUV 装置は単独では何もできない。
EUV で露光する前後に、TEL のコータ・デベロッパーがレジストの塗布と現像を行い、
AMAT・Lam のエッチング装置が削り、TEL の成膜装置が膜を作る。
最先端ファブの装置構成 = ASML + TEL + AMAT + Lam + KLA。これが世界共通の標準セット。
14.4 検査・計測装置 — KLA
KLA Corporation (本社:米カリフォルニア) は、検査・計測装置で約 50% シェア。
半導体製造では、各工程の後に「ちゃんとできているか」を計測・検査する必要がある。 線幅は合っているか、欠陥はないか、膜厚は規格通りか ── これを高速で全数チェックする装置を作るのが KLA。
派手さはないが、最先端プロセスでは1ロットを数百回の計測ステップが回っている。 TSMC のファブの中で動いている計測装置の半分以上は KLA 製。
14.5 後工程装置 ── ダイサ・ボンダ・テスタ
後工程装置は、前工程ほど集中していないが、いくつか日本企業が強い領域がある:
- DISCO: ダイシング・グラインディング装置で世界シェア 70% 超(日)
- 東京精密: ダイサ、プローブ装置(日)
- 新川 / ASMPT: ワイヤボンダ(日 / 港)
- Advantest: テスタ世界 1 位、特に SoC テスタで強い(日)
- Teradyne: テスタ世界 2 位(米)
特に Advantest は AI GPU や HBM のテストで急成長中。 1 個の AI GPU のテストには数時間〜数日かかり、テスタの需要は爆発している。
14.6 ウェハー材料 — 信越化学、SUMCO
ここから材料の世界に入る。 最も基本となる 300mm シリコンウェハー は、日本企業 2 社で世界シェア 50% 以上。
| 会社 | 本社 | シェア(300mm) |
|---|---|---|
| 信越化学工業 (Shin-Etsu Chemical) | 日 | 約 30% |
| SUMCO | 日 | 約 20% |
| GlobalWafers | 台 | 約 15% |
| Siltronic | 独 | 約 12% |
| SK Siltron | 韓 | 約 10% |
信越化学は 塩ビなど化学品の総合メーカー で、半導体ウェハーは事業の一部。 ところがその半導体部門だけで売上 1 兆円超、営業利益率 30% 超という超優良事業になっている。
SUMCO は 「住友金属工業 + 三菱マテリアル」 の合弁から発展。ウェハー専業。
シリコンウェハーは、「世界共通の材料を寡占で握る企業」 の典型例。 EV のレアアース、半導体の希少ガス、ASML の EUV と並んで、サプライチェーンのボトルネックになりやすい。
14.7 フォトレジスト、特殊ガス、研磨材
シリコンウェハー以外にも、日本企業が世界の上位を握る材料が多数ある。
フォトレジスト (露光工程で使う感光剤):
| 会社 | 本社 | 強み |
|---|---|---|
| JSR | 日 | EUV レジスト |
| 東京応化工業 (TOK) | 日 | EUV レジスト、KrF |
| 信越化学 | 日 | KrF レジスト |
| 住友化学 | 日 | ArF レジスト |
| Fujifilm | 日 | 各種レジスト |
フォトレジストは事実上、日本企業の独占 (世界シェア 90% 超)。 2019 年の日韓貿易摩擦で、日本がフォトレジスト等 3 品目を韓国向けで管理強化したのも、この独占構造があるから。
高純度フッ化水素・特殊ガス:
- ステラケミファ、森田化学 (フッ化水素): 世界シェア 80%超
- 昭和電工 (各種特殊ガス)
- 大陽日酸 (Taiyo Nippon Sanso) (希ガス、特殊ガス)
- AGC (高純度ガラス・薬液)
CMP スラリー (研磨材):
- CMC マテリアルズ (旧Cabot) : 米
- JSR : 日
- Fujimi : 日
接合・封止材料:
- 日東電工 : 各種フィルム
- デンカ : 封止材
マスク (フォトマスク):
- Photronics : 米
- DNP (大日本印刷) : 日
- 凸版印刷 (Toppan) : 日
このように、半導体材料の世界では 日本企業が随所で上位 を占めている。
半導体材料の市場規模は約 700 億ドル / 年。 そのうち 日本企業が約 50% を占める とされ、これは半導体本体の世界シェア (約 10%) を遥かに上回る。
最先端ロジック半導体を 1 個も作っていなくても、その材料の半分は日本製、というのが現代の構造。
14.8 なぜ日本は装置と材料で強いままなのか
これは「負けても撤退しない」という日本企業の経営文化と、装置・材料という事業の性質が噛み合った結果と説明されることが多い。
要因をいくつか挙げると:
- 長期の R&D 投資が必要 ── 装置・材料は完成までに 10〜20 年。日本企業は腰を据えて続けた
- 品質が命 ── 「半導体グレード」の純度・精度は途方もない高さ。新興国が一朝一夕に追いつけない
- 顧客との長期関係 ── TSMC や Intel との 30 年来の信頼関係
- ニッチで世界一を取る戦い ── 1 兆円市場の 1/10 より、100 億円市場の独占を狙う戦略
- 失敗した最終チップ製造との対比 ── 過去の DRAM 撤退などで人材・技術が装置・材料側に流れた
ニコン・キヤノンの露光装置だけは ASML に負けたが、それ以外の装置・材料ではほぼ撤退せず生き残った。
私が業界の人から最近よく聞くのは、「今度こそ装置と材料で勝ち続けないと、日本に半導体産業の足場が無くなる」という危機感。
2019 年の日韓問題、2020 年代の米中対立で、装置・材料が地政学リスクの中心に立っている。
14.9 装置・材料 = 半導体地政学の最前線
第 15 章でも詳述するが、近年の半導体規制は 装置・材料を対象 にすることが増えている。
- 2022 年 10 月、米国が EUV・先端 ArF 液浸装置の対中輸出を禁止
- 2023 年、米国が同盟国(日本・オランダ)に同等規制を要請
- 2023 年 7 月、日本が 23 品目の半導体装置を輸出管理対象に追加
- 2024 年〜、米国が対中規制を装置・材料・人材で順次拡張
つまり「チップそのものではなく、チップを作る道具を止める」ことで、相手国の半導体産業を抑える戦略になっている。 これが ASML、TEL、AMAT、Lam、Nikon、信越化学 などを地政学の主役に押し上げた。
14.10 この章の振り返り
- 半導体装置市場は 米・蘭・日 の 3 ヶ国寡占。ASML、AMAT、Lam、TEL、KLA が五大
- 東京エレクトロン (TEL) は世界の半導体ファブで必須装置を提供する日本企業
- シリコンウェハー は 信越化学・SUMCO の日本 2 社で世界シェア 50% 以上
- フォトレジスト は 日本企業がほぼ独占 (世界シェア 90% 超)
- 特殊ガス、CMP スラリー、フォトマスクなど、各材料カテゴリで日本企業が上位
- 装置・材料は 地政学規制の最前線。「チップを止めるより、装置を止める」戦略
この章で読めるようになるニュース
- 「東京エレクトロン、決算が AI 需要で過去最高」 → TSMC・SK hynix の最先端ファブ拡張が TEL に直接効いている、と読める
- 「信越化学、シリコンウェハー値上げを発表」 → 半導体産業の出発点である材料の話、世界供給に影響、と分かる
- 「米国、対中半導体装置規制を強化、日本・蘭にも追随要請」 → ASML、TEL、AMAT、Lam に対する規制が地政学の中心、と即理解できる
- 「JSR、産業革新投資機構が買収提案」 → EUV レジストを握る企業を国が押さえに動いた、と読める
次章は、これらすべてが交差する 地政学 の場へ。 米中対立、CHIPS 法、ラピダス、TSMC 熊本 ── 半導体が「国家戦略」になった理由を読み解く。